2017.01.20

嫌いな誰かは嫌いな私 <一日一篇の言葉 vol.98>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

どうしでも許せない人がいたときに
どうしても腹が立って仕方がない人がいたときに

無視すればいいとか
縁をきればいいとか
或いは割り切ればいいとか

思ったとして

でも
それでも
どうしても
時間がたっても
ずーと
どうしても心の整理がつかないとき

もしかしてね

許せない人と
同じこと
自分がしていたりしないかな?

目の前の誰か
沢山の出来事
沢山のモノ、人の中で
あなたの目に耳に心に飛び込んでくるもの

そうして
その中でどうしたって
出会うもの
どれも
あなたの写し鏡。

嫌いな誰かは
嫌いなあなた

つまり世界との関係は
あなた自身との関係だったりする



今日も読んで頂いてありがとうございます。
いい一日を。

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『<一日一篇の言葉>とは?』 これは本日の ホロスコープや数秘をインスピレーションにして、COCOに届いた詩やエッセイ、あるいはその日なんとなしに降りてきた言葉を、だいたい毎日朝6:00に更新、連載するものです。(日曜日は休みします)

2017.01.19

届かない言葉 <一日一篇の言葉 vol.97>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

昔からあるラブソングの常套句に
「届かない言葉」という歌詞がよく出てくる。

そんな悲しい響きが
恋する気持ちには
甘い響きに聞こえたりもして

届かないけど届けたい思い
通じ合いたい気持ち

そんな素直な願いや叫びのような思いと
そういう思いが
特別な誰かとの間にはきっと
叶うのだろうと
信じたい願いを

ラブソングに重ねて
聞き入ったりした時期がある。

ただ
だんだんに恋愛を重ね
恋愛だけでなく様々な人間関係を重ねるうちに

「届かい言葉」
本当に
本当に
どんなに分かり合えないものなのか

味わうことになるのだろう

期待を込めてドキドキしながら聞いた
悲しきラブソングは
ただの真実の嘆きの歌だったのではないか?と感じ始める頃

青春時代が終わったことを感じるのかもしれない。

でも本当は
その分かり合えなさは始まりで

そのどうにも
本当に
分かり合えなさがあるからこそ

わかったつもりになったり
分かり合えるなんて安易に考えず

本当に
相手を知りたい
誰かと出会いたいと

思えたなら
たった一人の相手の言葉が
あなたの心に届くかもしれないのだ。

でも
その言葉が聞こえるのは
あなたが
どこまでも
分かり合えないと知っているからこそ。

そんな
生きる不思議のパラドックス。

これも
ドラマの王道かも。

諦めたところで
大どんでん返しが。

しかし
それも
ある意味一理あり、

実際
願いというのは
握りしめていてはかなわないモノ。

神様にお願いしたなら
願いを神様に託さなくては。

自分の手に握りしめ続けていては
神様だって
叶えようがない。

だから、
諦めて
手放したとき

なんてことなく
届いてくる。

奇跡が
あるんだと思うのです。


今日も読んで頂いてありがとうございます。
いい一日を。

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『<一日一篇の言葉>とは?』 これは本日の ホロスコープや数秘をインスピレーションにして、COCOに届いた詩やエッセイ、あるいはその日なんとなしに降りてきた言葉を、だいたい毎日朝6:00に更新、連載するものです。(日曜日は休みします)

2017.01.18

多様なイメージと思いがけないこと <一日一篇の言葉 vol.96>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

言葉や情報など
知ることで
世界が生まれる

悩んで
行き詰った人が
「どう考えたらいいのか?ヒントが欲しい」と言って
やってきたりするケースも多いけれど

行き詰ったとき
その目の前の出来事のとらえ方で
まるで
心の持ちようが変化することを

或いは変化するような
言葉や
イメージを

そうやって
心が軽くなるという
経験があったり
或いは
そういうものだと
いつからか
思っているんだろうと思う。

毎日の暮らしの中で
一見無駄に思える

映画を見る
本を読む
詩を読んだり
音楽を聴く

或いは自分と全く関係ない世界で生きる人の話を聞いてみるなんてことも

そういう
ことだって
死んでしまいたい
と思ったときに
自分を救う
或いは救うまでいかなくても
踏みとどまらせる
多様なイメージになったりする

そうして
自分が想像できる範囲以上に
世界はずっとずっと広くで
或いは
まだまだ
分からない事や
思いがけないことが
沢山あるんだろうと

そんなものほとんどないように思えても
無いと言い切れはしない…と思えたら

明日も生きながらえることができるのかもしれないね。

それに
実際人生はきっと
思いがけないことで満ちている。



今日も読んで頂いてありがとうございます。
いい一日を。

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『<一日一篇の言葉>とは?』 これは本日の ホロスコープや数秘をインスピレーションにして、COCOに届いた詩やエッセイ、あるいはその日なんとなしに降りてきた言葉を、だいたい毎日朝6:00に更新、連載するものです。(日曜日は休みします)

2017.01.17

どのフィールドでさえ悩むのです。 <一日一篇の言葉 vol.95>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

登山をして
山の頂上に上ると
向こうの山山が見渡せる。

上る過程の風景と
頂点へ到達したときの風景
はまるでちがうだろうが

山の上では
あちらの山とこちらの山
があって
山の上までいけば
自分と同じような頂上が他にも沢山あって

まるで山と山が会話しているように
もう一つ目の
新たなフィールドの広がりを感じるだろう

人の世界もそれに似ていて
たとえば
「○○になりたい」と思ってやっきになって
そうしてそこに登るまでは
憧れと
特別な何かを抱いて登るんだけれども

辿り着くと
それに慣れ
そこで
なんてことのない日常があり
憧れの立場になった自分と
同じような立場の面々と
横並びのつながりあいを感じるのである。

そうして
また、
一段上を目指して努力して
そうして登ってみるとそこに

また新しいフィールとが現れて
そこに日常と
そのフィールドで出会う出会いがある
日々が始まるのである。

占い師というのは
タロットでいうならばフール(0番)
みたいなところがある。

フールというのは
フィールドにとらわれずどこにでも出没できる。

つまり
多様で
様々なフィールドに生きるお客様たち
の様々な人のお話を
聞かせていただく機会を頂くのである。

そうして
出会う
様々な人は

フィールドは違えど
占いにくる相談内容は
ざっくり考えるならば
あんまり
大差がないのが面白い

庶民レベルの平凡な暮らしをする人も
豪華な宝飾品を身に着けた
セレブも

同じように
夫で悩み
子育てに悩み
親の世話に悩むのである。

どんな暮らしをしている人も
それぞれに
それぞれのところで苦悩していると思うと

世の中が
多次元的コミュニティーの集合体に思えてくる

年収5000万でお金がないと悩む人もいれば
年収500万で豊かさに充実している人がいるのである。

もちろん
年収5000万で豊かさに満たされた人もいるだろうし
年収500万でお金がないお金がないと悩む人もいるのである。

そして
それとそれは
私には
それぞれに

比較しようのない
多次元的
そうして
並列な
それぞれの世界の出来事に思えるのである。

もしかして
やっぱり
本当は
上も下もないのである

何処にもいくところなんてなく
ただただ
ここにすべてがあって
今ここで
それぞれが
それぞれのところで
いかに幸せにいきるのか?という現実とどうしようもなく直面しているのであろうと思うのです。



今日も読んで頂いてありがとうございます。
いい一日を。

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『<一日一篇の言葉>とは?』 これは本日の ホロスコープや数秘をインスピレーションにして、COCOに届いた詩やエッセイ、あるいはその日なんとなしに降りてきた言葉を、だいたい毎日朝6:00に更新、連載するものです。(日曜日は休みします)

2017.01.16

生きながら死んで生まれる命の営み <一日一篇の言葉 vol.94>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

タロットで癒しを現すカードで
私がぱっと思いつくのは
Wand 4
Cup 4
です。

Wand 4は
自然を現していてのんびりしたりして自分を取り戻したり、
田舎で休養するようなイメージ
そうして本来の自然で揚々とした自分の活力も取り戻すような感じ。

Cup 4は
私はまるで水に浸かるようなイメージをもっているんだけど、
まるで温泉で「あっー」とかいって浸かってぼえーってして、
回復するようなイメージ。
あるいは繋がりの輪に触れて元気になる。家族とか仲のいい人の中で、
なんも考えず。ぼさーっとして元気になる感じかな。

面白いのはどちらも
「4」という数字であること。
4というのは空間の4方向を現していて
個人というより
場を現す

つまり
癒されるつてことは
場に飲み込まれてしまうような
「自分」というものをハッキリと目覚めて意識的にあるようなんでなく
なんも考えず
自分を忘れてしまうみたいなことによって
癒されたり元気を取り戻すんだ。

4というのは
その文字の音のまま
「死」を現しもする。

人は毎日眠りにつくけれど
もしかしたら
そのまま目が覚めない事だってあるかもしれず、

そう考えると
死ぬことと
眠ることはどう違うんだろうなんてことを
私は考えたりもするんだけれど

そうやって
人は
毎日まるで死のように眠りについて
元気をチャージする。

人としてしっかり立って
日々生き生き生きるためには
一人として目覚めていること
「私」でいるということも大事だけれど

同時に
死んでいる時間というもの必要なのだなと思うのです。

例えば
占いをするときに
セッションに入る前

毎回同じように
部屋を整え
お茶をのみ一息して

香りをたき、観音に水をやり
蝋燭をともし
音叉で空間を整える

お客さんを迎え入れて、コートを預かり、お茶を入れ
毎回同じように占いの流れの説明をして
と同じ手順
同じ動作をしてから
占いに入る。

それは
とても大事で
そうしないと
集中できなかったりして

その「型」「手順」によって
場をつくり
そこから入っていく。

その手順を繰り返しているときは
考えていない。
なんも考えてなくても
口が勝手にしゃべれるぐらいに慣れた手順で
進めるんだけど。

それによって
その場のその今しかない
ものに入っていく。

その入っていくやりとりは
その場だけしかない
一瞬のオンリーワンな体験なんだけど
それを支えるのに
退屈に繰り返すパーターンというのが必要だ。

子供のときに
習慣というものを身に着ける
朝起きて
トイレに行き
歯を磨き顔をあらい服をきがえ・・・・
とかいろいろ

子供でなくても
毎日繰り返すこと
というのがあって

そういう退屈な繰り返しというのが
個人的な活動を支えてくれる

いやいや私は
何か思いっきりするときは
日々の繰り替えしなんか忘れて
もうぐっちゃんぐっちゃんにやりつくすのがいい!
という人も

そうして猛烈に「個」になって頑張った後は
大きな何かに溶けてなくなってチャージして
そうして再び戻ってくるのだ。

死んで生まれて死んで生まれて
生きながらにして繰り返す
いのちの営み


今日も読んで頂いてありがとうございます。
いい一日を。

20代の時なんかは、日々のリズムとか習慣なんて、ふっとばして、その日ぐらしに徹夜したり不摂生したり、
それでも、一晩寝れば元気になったんですがね、今は、日々のリズムを崩すと、ほんとに回復するのに時間がかかります。
もう日々の習慣に支えられているなぁと思うんですね。・・・あれ。もう若くない・・・ということか?

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『<一日一篇の言葉>とは?』 これは本日の ホロスコープや数秘をインスピレーションにして、COCOに届いた詩やエッセイ、あるいはその日なんとなしに降りてきた言葉を、だいたい毎日朝6:00に更新、連載するものです。(日曜日は休みします)