2016.12.26

寂しさに満ちる <一日一篇の言葉 vol.79>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

クリスマスが終わると
とたんに今度は年越しとなる
12月の最後の一週間のなんと忙しいことか

しかし
振り返ると
この一週間の思い出は
この実際の忙しさと裏腹に
静けさと寂しさに満ちた思い出が多い、

もともと
一人が好きだったりもして
そして一人が好きなくせに寂しがり屋だったりもして
(なんとも獅子座的ですが、私は獅子座です。)

坂口安吾が
堕落論の中で
「孤独は人のふるさとだ、寂しさ虚しさ以外に満たしてくれるものがあろうか」
というようなことを書いていた記憶
(記憶で書いてるので正しい文書ではないかも、でも多分こんな感じだったはず…)

この
寂しさに満たされる
というのは
その通りだなと思うのだ

タロットでは
CUPの7
のカードでは願望をあれこれと思い浮かべ
そして
COINの7
でその願望が形になる

CUPの7の時は
空のCUPであれこれと思いが充満するんだけど
現実にはそこに何もない

そうしてそれが
COINの7で
形になると
形はあるけど充満していた思いを失う

という原理がある

よく
恋をして
それが叶うまでは
猛烈に夢中だったのだが
叶ってしまったら思いが冷めてしまったり

結婚後
いきなり倦怠期がくる新婚さんとかもよくいるだろう

谷川俊太郎の父と母の恋文について
書かれた本を以前読んだことがあって
熱烈な二人の結婚までの恋文に感動したんだけど

たしか
あとがきに
この3か月後父は浮気をした。
というようなことが書いてあって

現実とは
なんたるか・・・と思った記憶がある。

と、まぁ、
こんなふうに手に入ると
何かを失ってしまう。
というようなことはよくあることで

しかしじゃぁ、
そこにあった大事なものは

無かったからこそ
あったもの
手に入らないからこそ
てにしていたものだったりする。

なんともアベコベな世の中だなぁと思うけれど。

こんなことを考えていると
何が本当の幸いなのか
(本当の幸いというと宮沢賢二の銀河鉄道の夜を思い出します、私は)

でもとにかく

この師走の寂しさとやらは

来年を待ちわびる
或いは来年を生み出すための助走みたいなもんだったりして
なんて思ったりする。

だってさTVで
紅白歌合戦を見て
「ゆくとしくるとし」を見るまでの
新年を待ちわびるあの満ちた心境と
24時になり、新年を一秒すぎたあとの
やれやれ、とりあえず寝るかーとなる
あの心境の変化を思うと
そう感じずにはいえられない。
(もちろんこれは私の場合)


今日も読んで頂いてありがとうございます。
いい一日を。

皆さんの年越しはどんなでしょうかね~。

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『<一日一篇の言葉>とは?』 これは本日の ホロスコープや数秘をインスピレーションにして、COCOに届いた詩やエッセイ、あるいはその日なんとなしに降りてきた言葉を、だいたい毎日朝6:00に更新、連載するものです。

2016.12.25

いのちがけの力 <一日一篇の言葉 vol.78>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

命がけで何かをする。
本気でたたけば開かれる

そんな言葉をよくきくけれども
例えば
自分の所属する集団において
何かしら取り組んでいる物事で
一致団結して何かを成さなければならないとして
リーダーの自分が
本当に命がけで

もちろんこの命がけというのは比喩なんだけど

例えば
このことで
自分の立場も時間も
プライドも
それぞれと向き合ったときに
人としての何処までもどこまでも向き合う覚悟とか

その取り組むものが何かにもよるけれども
そうした
所謂比喩としての命がけ

体験としては

人は
本当の命がけ
というものには弱いと思う
命がけのとき
なんというかそこには
不思議な魅力が宿り
人は突き動かされて
その命がけの誰かに協力してたりしてしまったりする。

昔から人は
「死」を恐れていて
そこに敬意をひょうしたり
時に禁忌領域として伏せたりもする。

何かの結束を創り出すために
犠牲となるもを用意するというのは
昔から儀式的に行われているけれど

人は
何かを成す時に
それにともなう恐れをどうするのか
という問題をはらんでいて

恐れというものは突き詰めると死につながっていて

死をもって死を制すような
ハタラキというのがあるんだろうと思うんだ

もちろんこれは
比喩なんだけれど

死ぬ気で行う人間というのは
恐れを引き受けてくれているようなもので
そういう姿勢であるとき
人は人を動かすことができる。

死ぬ気の人間の力のカラクリというのは
こういうことなんじゃないかな。


・ 

今日も読んでくださってありがとうございます。
いい一日を。

今日はクリスマスですね。
犠牲というと、キリストが思い浮かんでしまうんですが。
どうなんだろ。信仰深い人はどうなのかな。
キリストとクリスマスについてせっかくだから調べてみようかな。

とにかく。メリークリスマス。

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2016.12.24

体験へ <一日一篇の言葉 vol.77>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

今日は
太陽が山羊座の3度に位置している。

どんなものでも
証明しないことには意味がないとか
曖昧な憶測をすてて
実際的な体験を重視する
山羊座の3度

たしかに
実際的であるということは
重要だと思う

体験すること

移り変わる人生において
体験すること
が生きることでもある。

それでも
そうした
実際性。思いだけでなく結果を出すこと。
曖昧な憶測を捨てて体験に飛び込んでいくこと
そうした姿勢を常に続けるというのも
なかなか疲れるものである

でも
考えることもまた
考えてばっかりいれば疲れてしまう。

もしも考えてばかりで行き詰っているのなら
時に考える事をやめて
体験のスリルへ
体験のダイナミズムへ

委ねてみるのも悪くはない。

或いは
実際に活動する体験のダイナミズムの中で疲れてしまったなら
体験について振り返ったり
目的や目標を見直したり
こんごの展開に思いをめぐらしたり

考える世界を漂うのだって悪くはない。

或いは
ただただ、
じっと何も考えず
活動もせず
休むことだって
生きるのには必要ですね。


今日も読んで頂いてありがとうございます。
いい一日を。

一昨日夜あたりから風邪をひいてしまい寝込んでいました。
昨日は「一日一篇の言葉」をスタートしてから初めてお休みしました。
あんまり無理をせず、セッションのコンディションを優先しようと思いますので
完治するまで、ちょこちょことブログをお休みするかもしれません。ご了承ください。

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2016.12.22

本当の私と価値 <一日一篇の言葉 vol.76>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

昨日から
太陽は山羊座に
月は昨日から天秤にいます。

この二つの組み合わせに
なんだか
とってもキラキラと輝くアイドルやスターを思い出してしまう。

或いは

なにか始まる日
始まるという受け身な響きでなく
自分から飛びこんで
「始める」というエネルギー

ある具体的な場
や対人関係の輪の中で
積極的に自分とは何者か
自分の価値を提示していうような

でもなんだか開きすぎていて
そのまま行くと
外側の価値観に染まっていきそう

多く人が認めるものを
価値があるとする姿勢

自分の所属する場において
最大公約数的な
肯定や価値

所謂人気ものだったり
誰しもが認める肩書を所有していたり

そんな風に
みんなが認める価値の中に価値をを置く生き方というのもあって
そういう事が
山羊座と天秤座の組み合わせにかかると
可能になってしまうんじゃないかな。と思ったりする。

ただ。
あまり
外の価値というものに
比重を置きすぎると

いつのまにか
人の輪の中での私と
本当の私との間に
乖離が広がっていって
そうして
そのうちに
本当の自分がわからなくなったりする

じゃぁ本当の私はなんだろう?
なんていう問いが出てきたりするんだけど

本当の私という奴は
掴みどころがないから厄介だったりする

なんでつかめないかというと
「こうこうこういう人間」と言い切れる私というのは
実は存在していなくて
人というのは
常に流れ流れ
変容し続ける生き物だったりするのだから

そういう意味では
「本当の私はこうだ!」なんて発見したつもりの私が
それを握りしめれば
時間とともに変化していき
またまた乖離を起こし、
私を掴んでいるようで見失っていたりするんだ。

じゃぁ私というものを掴もうとするならば
それは
「なんなのか?」と
意味や価値やどういう人間かという定義を探すんでなしに

「何を感じているのか」
ということを
感じる事

「私を感じること」
ということが
本当の私を見失わない方法だったりする。

しかし、
人間は
意味や価値や定義を欲しがるいきもので
さらにそれが
人の渦の中で優秀だと言われたり
或いは普通だったり
或いは下だったり
と裁きながら

右往左往していたりする。

じゃあ、そんなもの気にしないでいきればいいさなんて
簡単に思えればいいんだけれど
やっぱり人間だからさ

ついつい比較したり
あれこれ考えたりしてしまうし。
誰かが自分をバカにしているかもしれないと考えてしまうと
苦しくなったりもするんだ

だから、武装するように
あるい程度の世の中で通用する価値で固めて
人が自分をどう思うかという事から身を守ることも
ある程度外界に振り回されることから
自由になる道だったりするんじゃないかなと思ったりする。

ただ、
そのときに
あくまでこれは
世間への防波堤みたいなもので
大事な
自分の感じるところ
というものを
感じるための防波堤であるという事を
忘れない事である。


今日も読んで頂いてありがとうございます。
いい一日を。

「本当の私とは流れ動くもの」とはいいつつも
やっぱり、それぞれの持つエネルギーに特色はあるんだともう。
でもその特色はごりっと掴める形ではなく
例えるなら夜空で光る光のようなものなのだろうと思うのです。

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2016.12.21

正月休みのお知らせ

年末年始のお休みのお知らせです。

COCOのセッションは
12月30日(金)~1月3日(火)の期間
お休みさせて頂きます。

今年の営業もあとわずかです。
年末は29日までの営業ですので
あと8日間の営業ですが
よろしくお願いいたします。