2016.10.17

わかんない  <一日一篇の詩 vol.10>

あいつはいい人だよ
いやいやあいつはひどい奴だよ

え?優しいよ
ううん。冷たいさ

頭が良くてね
バカだよこいつは

誠実さ
いい加減なひとだよね。

あいつは間違っている
あいつは正しい

‥‥結局さあいつはなにものなの?

‥‥わかんない

実はね‥‥‥

人はさ
本当にわかろうと思ったら
わかんなくなってしまうものなんだよ

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『<一日一篇の詩>とは?』 これは本日の ホロスコープや数秘をインスピレーションにして、COCOに届いた詩やエッセイ、あるいはその日なんとなしに降りてきた言葉を、だいたい毎日連載するものです。

2016.10.16

わからないままに   <一日一篇の詩  vo.9>

本当は何がしたいのか?
本当はどう思うのか?
本当は……

本当のといえそうな自分の気持ちが
「そのとき」には
わからないということは
あるんだよね、

出来れば
本当のところがわかってから行動したのは山々なんだけどさ
考えても考えてもわからないままに
行動してしまったりする

それが大きな決断だったりすると
まるで自分は運が悪いんじゃないかとか
大失敗をしでかしているようにも感じたりするんだけど

ずいぶんたってから振り返ると
あれでよかったんだな
と思ったりする。

本当のところというものはさ

「今」と「本当」とのギャップが激しいほどに
わからないもの

そういうときほど
改革は大きなものとなりがちなんだ

わからないとき

人生には
わからないままに
突き動かされるように
或いは運命に強引に
がけから突き落とされるように
ジャンプするしかないときもある。

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『<一日一篇の詩>とは?』 これは本日の ホロスコープや数秘をインスピレーションにして、COCOに届いた詩やエッセイ、あるいはその日なんとなしに降りてきた言葉を、だいたい毎日連載するものです。

2016.10.15

地下水脈と噴火   <一日一篇の詩 vol.8>

大勢の中にいて
もう我慢できない!と
声にあげる。

ぽちんとなにかがはじけるように……

そういうときは
もしかしたら

自分の意思のようでいて
見えない
地下水のようなところでつながっている
みんなの意思が
血流のように流れていて

なぜか
あなたの噴火口から爆発した
というだけだったりすんだ。

君が声をあげたけれど
それは
みんなの

声でもあるんだよ。

しかしね、
君はその
責任を引き受けなきゃならない

地下水で
つながっていたとしても
声を上げたそれは君の運命なのだから。

君の火口から噴火した爆発で
救われつつも
それが
自分の血流でもあるとは誰も気が付かない。

でもね
その噴火は
その水脈の大きさの分だけ
大きな波紋となり
みんなを巻き込んだムーブメントとなる。

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『<一日一篇の詩>とは?』 これは本日の ホロスコープや数秘をインスピレーションにして、COCOに届いた詩やエッセイ、あるいはその日なんとなしに降りてきた言葉を、だいたい毎日連載するものです。

2016.10.14

私は私はあなたのおかげ     <一日一篇の詩 vol.7>

私は私
てやんでぃ

私はわたし
なめんなよ!

なんていきまいてみましたが

そんな私になれるも
あなたに向かってのところです。

あなたがいなければ
てやんでぃなんて言葉もでようがない

あなたがいるから
私に成れる

私は私

あなたのおかげ。

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『<一日一篇の詩>とは?』 これは本日の ホロスコープや数秘を見て、COCOに届いた詩、あるいはその日なんとなしに降りてきた詩やエッセイなどを、だいたい毎日連載するものです。

2016.10.13

劇的なるもの   <一日一篇の詩  vol 6>

私は若いころ
大学の演劇科に行っていた。
そこで戯曲論という授業があり
古典の戯曲を題材にして
「劇的とは何か?」というテーマを云々する時間があったんだけど
劇的を端的に説明するならば
「主人公が信念をもって行動するが、その行動が自己否定につながるとき」
だという。

あいつは絶対に間違っている
許してなるものか!

と戦ううちに
間違っているはずの相手と自分が
同じ穴のむじなになってしまうという

そんな物語はよくあるが
しかし
戦わないで
世界を変える方法なんてあるんだろうか?

それとも
ぐるぐると螺旋のように
繰り返す
運命の渦に
身を任せて
ひらひらと
飛び交うしかないのだろうか

でも人は
劇的なるものを求めて
劇場へ足を運んだ。

劇的な悲劇に歓喜し涙した。

劇的なるものは
「カタルシス」を生じるという

カタルシスかぁ。

こうして黒板を前に
ゲキテキとかカタルシスとか
言われても机上の空論的でなんとも味気ない。

しかし
劇的なるものをもとめて
劇場へ足を運んだ
人々は

正義の戦いからも
ぐるぐるとした螺旋の渦からも
解放されて
自由になりたいと
願っていたのかもしれない。

当時の演劇が
儀式の様相をまだ呈していて

現世の渦から一時的に
解放してくれる
カタルシスという体験に
この演劇という儀式に
神の降臨を感じたのかもしれない。

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『<一日一篇の詩>とは?』 これは本日の ホロスコープや数秘を見て、COCOに届いた詩、あるいはその日なんとなしに降りてきた言葉や詩などを、だいたい毎日連載するものです。