おかげさまで
6月17日分までのご予約受付を全て終了致しました。
セッションのご予約をご希望の方は
6月19日からの日程でご予約下さいますよう
(6/18(日)は定休日となっておりますのでご注意ください)
お願い致します。
ご了承下さいませ。
※空き状況は、随時変動していきますので
詳しい空き状況は「予約について」のページ内にある「セッション空き状況カレンダー」をご覧ください。
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会話といっても
いろんな会話がある
近所の方との日々の挨拶的井戸端会議
友人とのカフェでの談話
恋人とのひととき
など
しかし
話しているから
分かり合っているか
相手の事がわかったりつかめるかというとそういうことでもなかったりする
日々のいろんな会話の多くが
かわす会話、その言葉そのもよりも
関わるために話していたり
繋がり続けるために話していたりする
或いは恋の話や
日々の愚痴を話して心を開いているように見えて
本当は
「私は安全ですよ」とか「私たちは味方同士ですよね」と
間接的に確かめあうためだったりする
そうして
関わるための会話をしているとき
案外本当のこと
或いは嘘ではないけど(表面は大事にみえてもね)
案外どうでもいいようなことを話していたりする。
だから
会話の内容によくよく耳を傾けてみると
まったくもってかみ合っていなくて
もしもそこにビデオカメラが回っていて
あとで再生して見直してみたら
笑うほどちぐなんだ。
分かり合っているなんて
幻想みたいに
まるで
かみ合わない会話をしている日常だけど
そもそも
そうして
会話をしよう
足を止めて話をしよう
こうして
一緒にふれあう時をもとうと
言葉が
口実になったっていいじゃないか
繋がりたい
ということは
行動で明らかなのだから
愛しているという言葉が
嘘か本当かはわからなくても
そのときあなたと一緒にいたかったということは
そこにあるのだから。
——————
読んで頂いてありがとうございます。
いい一日を。
私が出産したとき
子宮口が開かず
どちらかと言えば難産で
最終的に帝王切開になった
妊娠性血小板減少症を併発しておりすぐには
お腹を切ることができなかったようで
陣痛が始まってから
帝王切開まで5日間もあった
最終的に
血圧低下
ストレスで胃が切れだしたのか、吐く胃液に血が混じりだし
破水してやっと帝王切開にいたる
そんな出産を振り返るとき
きっと
現代の医学だったり
豊かになって庶民も手術ができる時代だから
私も娘もここにいるんだけど
ひと昔前なら
出産で
私も娘も命を落としてここにいなかったのだろうな
とか思ったりする。
でも
体の自然の力を重視したような「自然療法」も興味があって
冷え取りをしたり
つたない知識ながら
アーユルベーダ―のレシピを食事に取り入れたりすることもある
ちょっとちがうけどレメディーを使ったりもする。
そうして
体調なんかは現代医学の薬だけに頼っていた
前より
かなり改善したなと実感できる
それでも
本当に心配なときは
病院にいく。
現代の医学でないと
私はここにいなかったなという
気持ちがあり
自然に任せるところ
と
医者を頼るところと両方否めない。
でも
医学はともすると
行き過ぎて治すはずの薬に共依存しているようにも思ったり
塗らなくても自然にしてれば治る傷や
必要のない施術だって沢山あるだろう
でも自然療法では
難産の妊婦の命は救えない。
そもそも
そうやって自然の限界を超えることは
どうなのかという倫理観の議論はどこかにあるかもしれないが
それでも
生きたいし
大事な人には生きてほしいというのが
人のこころ。
どっちかなんて
考えるとわからなくなるが
両方使って
死にそうなところを人の知恵でもって生かしてもらって
でも自然の力でも命をば生かしてもらう
でもどちらかと言えば
自然のほうに
軸を添えて
人の力はほどほどに
そんな風にしていきたいと
最近は思うのです。
でもまぁ、人も自然の一部なのでね、
一見対立してるようにも見える
自然のと人間の攻防も
自然を壊しているかに見える人のハタラキも
実は自然の成り行きで
そうして
今あるものが
変化して変化しすぎて絶滅することを
恐れているのは
人であって
地球も宇宙もなるようになってると
ぐるぐるとめぐっているのかもしれないなと
考えたりするのです。
そうすればもとのモクアミ
ただ心の奥の声に忠実に
何を選択するのかも
わたしという自然に任せてしまうところ
——————
読んで頂いてありがとうございます。
いい一日を。
おかげさまで
5月27日分までのご予約受付を全て終了致しました。
セッションのご予約をご希望の方は
5月29日からの日程でご予約下さいますよう
(5/28(日)は定休日となっておりますのでご注意ください)
お願い致します。
ご了承下さいませ。
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たまには
ストライクでスピリチュアルなことを書かなきゃなと思う。
ただ
私はあんまり
飛躍した
スピリチュアルトークというのが好きではない
もちろん私は
スピリチュアル大好き
スピリチュアルや精神世界すきで
仕事になったんだけれど
しかし
なぜ飛躍したスピリチュアルトークが好きではないのかというと
スピリチュアルなことというのは
なにか特別な魔法のような不思議なことではなく
その背景に必ず何かしらの自然の摂理があり
それは日常の暮らしと
かけ離れたものではなく
この日々の流れるなんてことのない出来事のかずかずと
同じものでつながっていると思うから
普通であること
普通でありながら
不思議を不思議でなく掴んでいきたい
或いは発見していきたいという
気持ちがある
とはいっても
やっぱり
不思議は面白い
そして便利なものもいろいろあってね
使えるものは普通に活用していたりする
一番
日々活躍する
所謂スピリチュアルなワークといえば
「ランナー」だろうと思う。
ランナーというネーミングは
本も数々出版している
スピリチュアルマスターのソニアショケットが
そういう名を使っていたので私もそのままのネーミングで行っている。
(10年以上前にソニアの本に書いてあったワークを試してみたら便利だったのでそれからずっと使ってるのだ)
どんなものかという
例えば
日曜日これから
車で買い物にいくとして
出発までに
ランナーというイメージの助っ人に
「スムーズに車が止められるところを確保してくれてありがとう」
とお願いをして、お任せする。
そうすると
たいていどんなに込んでいても
とっても運よく駐車場の駐車スペースにありつけたりする
たまに
止められなかったりするときは
たいてい事前にお願いするのを
忘れていて
「あ。。しまったぁ。忘れてたぁ・・・と思う」
これは本当に便利だ。
だまされたと思ってやってみるといいと思うけど
コツがあるとすると
「しっかりとお任せ」することだと思う。
まるで
誰か本当にいる誰かに
駐車場の場の確保をお願いしてるみたいに
お任せする
そうして
もしも
場が確保できなかったとしても
出来るだけのことはしたんだなとか
今日はここに止めたほうがいい理由や
ある程度グルグルしたほうが安全だったり
良好にすごすことができる
何かがあるんだろうなぁと
とらえる
つまり
信頼することだ。
誰かにお任せしたとして
それが上手くいかなくても
「なんてやつだ」なんて速攻
責めたりはしないだろう(いや、まぁ。中にはそういう人もいるだろうが・・・)
でもそこは人間と同じように
しぶとく信頼関係をつくることだ
すると
だんだんに精度が上がっていき
ほぼ100パーセントに近い感じで
願いに応じてくれるようになる
スピリチュアルも
人間関係と同じだなぁと思うのです。
これ、
慣れてくるといろいろと応用がきいて便利
「旅行の道中を楽しく過ごせるように、スムーズによろしく!」とか
その時々で私はお願いします。
だまされたと思っておためしあれ。
——————
読んで頂いてありがとうございます。
いい一日を。