2016.12.12

大言壮語な友人とプロとアマの違いについて  <一日一篇の言葉 vol.66>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

昔(20代の頃かな)
とっても大胆な友人がいて
所謂、大言壮語。
やったこともないことを
さもベテランのように語り
仕事を取ってきたりする友人で
とにかく
とって来てから
その仕事のスキルを身に着けようとするようなところがあって
でもとにかく
誰かに助けてもらったり
も含めて
もうなんだかんだと
こなしていく
無茶苦茶な人だったが

結果的には
今はそれなりの実力や立場を得て
所謂成功人物となったといえるだろう。

普通に考えたら
ちゃんと実力を得て
順々に物事をこなしていくのがいいに決まっているだろうが

しかし
経験というものは
経験がある人にしか機会がこない
なんいていう事もあったりして

経験がある人も初心者の時があったりするんだけれど
その入り口がみつからない
初心者であっては
入れてはもらえない。

そういう事というのもあったりして
そうして
あきらめるんでなしに
非常識であっても
無謀すぎても

ありえない背伸びをして
あるレベルに強引に
ものすごい速さでジャンプする
或いは伸びていく。

そういうやり方もあるんだなぁと思った。

まぁ、その契約先の方にはなりたくはないが
(だって、きっと素人だと知っていたら頼まないんじゃないかと)

そういう強引さも
何かを実現しようとするならば
必要だったりするんだろうなと
若い時分に
その友人の動向を見ながら、思った記憶がある。

しかし、
やっぱりそのままで行けるわけはなく
そのあと必死に努力して
その大言壮語と実態の乖離を受けようとやっきになったり

或いは
あまり背伸びしすぎて
そもそも資質に会わないものを抱え込んでいたならば
なんとも言えない虚しさに苛まれたり
心を病んだりもする。

あるいは
もちろん
化けの皮が剥がれて
失墜したり
大恥をかくはめになったりも。

・・・・

プロとアマの違いという事を
時々考えるんだけど
案外その違いがはっきりなかったりんじゃないかなと思ったりする。

例えば占い師だって
アマチュアの友人で
ものすごい霊感があってなかなか鋭いリーディングに関心したりする。

絵描きだって
アマチュアでものすごいリアリティーに飛んだ絵を描き
感心させられたりすることがあったり

しかし
そうしたいわゆる実力がありそうな人が
プロとしてやっていけるかと言えばそうでもない。

思い切って
プロとして
始めたけど閑古鳥が鳴いて
収入につながらないと
諦めたりする人が多いだろう。

んで
プロだからと言ってすごいかと言えば

ものすごい上手いわけでも、感動するようなものを描くわけじゃないんだけど
ファンをしたがえ
プロとしてやり続けている
絵描きやイラストレーターの人がいたり

どうみても
いい加減な感じなんだけど
繁盛している占い師の知人
がいたりする。

そんな人をみると
プロとアマの違いというものがわからなくなる

所謂技術や実力というのはもちろん必要なんだけど

その人物の中の
「確信」

のようなもの
自信というか
できるという気持ちなのか
何かこっちだ!という
方向へ向けての集中力のようなものなのか

そうした
意識の力を感じずにはいられない。

物事は
技術や目に見える能力でなく
その人の意識の力によるところが大きんじゃないかと。

思ってしまうのです。



今日も読んで頂いてありがとうございます。
いい一日を。

なんてことを描きながらも、やっぱり、誠実でないものや、必要な能力を備えてないものは
続かないよなと思います。正直にコツコツが一番です。
一時的にはそういうリスクを冒す事もアリかなって思いますが、背伸びしすぎや大言壮語は疲れますよ・・・。きっと。

/////////////////////////////////
『<一日一篇の言葉>とは?』 これは本日の ホロスコープや数秘をインスピレーションにして、COCOに届いた詩やエッセイ、あるいはその日なんとなしに降りてきた言葉を、だいたい毎日朝6:00に更新、連載するものです。

2016.12.11

ワープロ版こっくりさん <一日一篇の言葉 vol.65>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

65日目
「一日一篇の言葉」を毎日書き始めて65日がたった今日。

うーん。
今日は書きたいことが思いつかないなぁ。

そんなこんなで今日は
思いついてから書くのではなく
やってくるままに
書いていこうかなと思う。

しかし64つものエッセイやら詩やらは
何処からくるんだろうと思う。

果たして自分の中に
それを書き上げるなにか
素地のような
所謂貯金があるんだろうか、

そうともいえるけれど
こうして書いていると
言葉が意思ではなく
この指先に届いているんじゃないかと
思うぐらい
考えているわけでも
何か頭の中をさぐるわけでもない

しかし
まだ
考えながら書いてはいる。

この書くという行為も
考えることを
出来るだけ
出来るだけ
なくしてしまい
本当にまるで手に任せるようにして
書く。

分かりやすくいうと
「こっくりさん」ワープロ版コックリさんである。

最近私は
これにはまっていて
何か迷ったりすると
このコックリさんに質問してみる。

そんなわけで
今日は書くことが思いつかないので
こっくりさんに聞いてみます。

★質問
 「一日一篇の言葉として何かメッセージをください」
★回答
 「はい。何を答えたらいいかわかりません。わからないこともあります。わからない時はわからないということに座ればいいのです。わからないんだなぁとしっかりと感じて座る事、そのわからないことが今日の言葉です。わからないという言葉が来ていますから。わからないという言葉は無限の響きがあるでしょう。無限です。どこまでもどこまでもです。わからないことは沢山あるのですから、人間は分かることにとらわれて多くの事がわからないということを忘れています。わかることはほんのわずかで分からない事が多くなのだという事をゖ入れることができたなら、多くをこの自然に委ねることができるでしょう。そうして委ねることができるなら、あなたの人生が流れだすのを感じるでしょう。そうすれば自然に、感謝があふれます。ありがとう。ありがとう。」




今日も読んで頂いてありがとうございます。
いい一日を。

なかなかいい意見をくれるでしょ、こっくりさん。
私は困ったとき、こうしてコックリさんに相談します。

/////////////////////////////////
『<一日一篇の言葉>とは?』 これは本日の ホロスコープや数秘をインスピレーションにして、COCOに届いた詩やエッセイ、あるいはその日なんとなしに降りてきた言葉を、だいたい毎日朝6:00に更新、連載するものです。

2016.12.10

月が牡牛座の日は内臓感覚ですごす <一日一篇の言葉 vol.64>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

内臓感覚というものがあるけれど

徹底的に内臓感覚に
意識を向けて
この2~3日をすごしてみようかとふと思った。

というのは
今日、月は牡牛座に入る
牡牛座というのは
徹底的に感覚に降りていくのもいい。

内臓感覚というのは
それこそ
外界から体験していることに
関して
内臓で生じている感覚のこと

好きな人とばったり出くわしたら
心臓がドキ!
とか
嫌な言葉を言われたら
胸がむかむかする
言いたい言葉が上手く出なくて
喉が詰まる感じがする。

そんな風に心に生じることは
体で連動するように生じている

そうやって
心の動きを
「なんで?」とか「これはどういうことか?」
とか考えに変換しないで
生じたままの内臓感覚で
たーんと味わってみる。

そうすると
不思議な活力が
心の奥から沸いてくる
喜びはもちろん
悲しみだって
惨めな思いだって
味わってみて

悲しみの感じ
どんなかな
胸がいたいかな
ちくちくかな?
じんじんかな?
惨めさは?
喉が締め付けられる感じかな?

その感じ
逃さないで
感触を堪能するみたいに
考えずに
味わってみて

そうして
味わい尽くしてみたら

なんだか
前より少し
こころがどしりと落ち着いていて
そうして
思いもかけず
心が少し軽くなるのがわかるかも。

今日も読んで頂いてありがとうございます。
いい一日を。

/////////////////////////////////
『<一日一篇の言葉>とは?』 これは本日の ホロスコープや数秘をインスピレーションにして、COCOに届いた詩やエッセイ、あるいはその日なんとなしに降りてきた言葉を、だいたい毎日朝6:00に更新、連載するものです。

2016.12.09

火を抑えて上手く使う <一日一篇の言葉 vol.63>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

感じるところ
精神の活力
そうした勢いのままに
広がってく
高まっていく
そういうことも面白い

でもスレスレで止めるセンスや
抑える必要もでてくるだろう

タロットの小アルカナには4元素ある。
水・土・風・火
ホロスコープでも
サインには
水・土・風・火
がある。

精神を現す火の星座の後には
必ず土がくる。

火の牡羊座のあとには土の牡牛座
火の獅子座のあとには土の乙女座
火の射手座のあとには土の山羊座

高みを目指す
エネルギーというものも
行き過ぎると

現実離れしてしまったり
思いだけで何も残らなかったり
高まりすぎたエネルギーがはじけ散るように分解してしまうこともある
勢いでまわりを燃やし尽しすことや
自分が燃え尽きてしまうことや

高まりすぎたエネルギーを
使うためには
それを抑える力も必要

上手く使えば
物事を生み出し組み立てていくエネルギーになる

自由自在に膨らんだ活力
今度は
枠にはめ込んでいくことになろう

湧き上がるこの気持ちはなんだろう?
そもそも私は何がしたいんだろう。
これからどうしていけば?
どうしたら実現できるの?

そうやって
考えて分けてみたり
枠に当てはめたり

あんまり急に小さい枠にはめ込めば
心の火は死んでしまう。

でも何にもはめこまず
ただただ膨らんで広がって高まっていけば
パーン!とはじけてなくなってしまったり
膨らんでふわりと消えてしまったり

火を殺さずに
程よく
抑えて

そうすれば
そのエネルギーは絶える事なく
何かを生み出していくだろうね。




今日も読んで頂いてありがとうございます。
いい一日を。

だけれど
形になるとこころの火は消えていってしまうもの、だから
手に入れた後より手に入れる前のほうが充実していたりするんだよね。

私は、少しつづ形にしながら、小さくてもいいから、ずっと燃える炎が欲しい。

/////////////////////////////////
『<一日一篇の言葉>とは?』 これは本日の ホロスコープや数秘をインスピレーションにして、COCOに届いた詩やエッセイ、あるいはその日なんとなしに降りてきた言葉を、だいたい毎日朝6:00に更新、連載するものです。

2016.12.08

「直感」と「今ここ」となんてことのない日々の作業と <一日一篇の言葉 vol.62>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

近年
直感に従うといいとか
合理的で科学的な発想も大事だけれど
自分の直感のほうがいいことがある
というような考え方が
世間で流行って?いったように思う。

もちろん
直感は大事だと思うし
そうした
直感や
予知的なインスピレーションを
大事にしたほうがいいとも思う

でも同時に
グランディングが大事だとも言われていて

じゃあグランディングって何か?っていうと
まぁ、いろいろと言われているけれども
私は単純に

「今、ここ」
でしっかり生きている感覚だと思うんです。

直感と
考えるところから派生する妄想との
違いって
うっかりするとすぐ取り違えてしまうぐらいセンシティブなもの

ちがいは
「今ここ」で
感じているか?

それが遠い未来を占っている
その情報を受け取ってるところだったとしても

今ここから感じている?
今ここの世界を感じているのか?
今ここから頂いた、聴いた、きた感じ、直感なのか?

それは直感ではなく
過去の記憶の記憶網から紡いだ
思い込みや妄想ではないのか?

本当に直感なのか?

そこらへんて
今という現実感覚がきちんとあるか?
に根差しているんだと思う。

過去も未来も
今ここに鍵がある

だから、
あるい意味
スピリチュアルが大好きで
直感とか
チャネリングとか
アカシックリーディングとか
リモートビューイングとか
色々そういう面白いものがあって
私も興味深々な世界なんだけど

そういうのが好きであればあるほど
そういうものを追及するならするほど

毎日
朝、皿を洗う
散歩する
生きるために事務をすることになっていて
でもそれをとにかくそのとき熱中して行うとか
荷物を下ろしたり上げたりとか
泳ぐとか

そういう
なんてことのない日々の行為を
しっかりやることが
意外にとても大事だったりする

んでもやっぱり
一番単純で
一番手頃で簡単に「今ここ」に居られる方法は
呼吸をしっかりすること
集中して吸って吐いてをすることだなぁとか思う。

そうして
感じる

世界が「届いて」くる感じがする。
それは彩にあふれ
すばらしいなぁって思います。



今日も読んで頂いてありがとうございます。
いい一日を。

といいつつも空想も妄想も大好きです。
今ここに居ないみたいに、妄想の世界で散歩して、空想の世界で休憩する日もあったりもします。

/////////////////////////////////
『<一日一篇の言葉>とは?』 これは本日の ホロスコープや数秘をインスピレーションにして、COCOに届いた詩やエッセイ、あるいはその日なんとなしに降りてきた言葉を、だいたい毎日朝6:00に更新、連載するものです。