2016.12.16

師走と時の体感 <一日一篇の言葉 vol.70>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

あ、そうか
もう師走なんだと思うと
ぜんぜんそんな気がしない

私が子供の頃は
一つ一つがもっともっと
盛り上がって
感じられた気がするし
ずいぶん前からその事でワクワクしていたような気がする

そうして
なんだか今は
味気なく素っ気なく行っているように感じてしまうんだが

しかし
カレンダーを見ると
小学校の終業式は(北海道ですから)
22日
クリスマスはそのあとで
そうしてその一週間後が大晦日なのだ

あれ、
そうか
終業式からクリスマスまでは3日間しかない。

通学中にクリスマスについて考えた記憶はないので
そうか
子供の頃のあの事前のクリスマスへのワクワク
はもしかしたら
このたった3日間
イブまでなら2日間の事なのだろうか。

まぁ、
そのあたりは
なにせ
30年以上も前のことなので
思い出せないが
12月に大晦日とクリスマス
大きなイベントが二つもつまっていて
その二つのイベントのボリュームを思うと
なんだかピンとこないのだ。

たぶん
「今」の時間の流れ。
今の12月という時間の尺度と記憶にあるクリスマスと師走の分量を思うと
一か月ではこの二つのイベントを通過するには時間が足りないような気がしてしまう。

しかし
きっと
もう一か月ぐらい
クリスマス気分でいたような記憶は
もしかしたら3日間だったり一週間だったりするのかもしれない。

何がいいたいかというと
今ははざ~と通り過ぎてゆくこの時間の中に
密集するみたいに
期待したりワクワクしたり
喜んだり、がっかりしたり
興奮したり
いろんな体感が詰まっていたんだということに
驚くんだ。

じゃぁ、今だって
一瞬一瞬を大事にすれば同じように
体感できるんじゃないか?
なんてふと思ったとして

いやいや
そんなに密集して上がったり下がったり
剥き出しで感じ入っていたら疲れ切ってしまう。

少し鈍くて
もったいないけど
ぼんやりしているうちに風景が変わってしまうごらいでちょうどいい。

子供
のもっている生命力とともに
体験もやってくるんじゃないかなとふと思う。
小さいけど
莫大な生命力とそれに見合う体験の密度。

40代になって
少し残念な気もするけれど
あのころとは
体のポテンシャルは全くちがってしまって
それとともに
体験もスカスカに漠然としたものに変化する。




今日も読んで頂いてありがとうございます。
いい一日を。

でも、私は、
体力の衰えとともに
鈍くなってはいるけれど、生きやすくはなったように思う。
体が衰えることに救われることもあるんですね。

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『<一日一篇の言葉>とは?』 これは本日の ホロスコープや数秘をインスピレーションにして、COCOに届いた詩やエッセイ、あるいはその日なんとなしに降りてきた言葉を、だいたい毎日朝6:00に更新、連載するものです。

2016.12.15

個人と集団と癒しと <一日一篇の言葉 vol.69>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

昨日は双子座の満月
から蟹座の月へ移行した日。

個人としての能力を確立しようとする双子座と共感の蟹座

双子座には
神経的に活発なイメージもあるけれど
私はここ数日ずっと「めまい」が起きていた
頭のほうの神経がクラッシュしている感じだけれど
双子の満月の影響だったりとかふと思う。

そうして
昨日、セッションを終えたあと
札駅周辺で用事をたしていたら
急にクッキーがつくりたいなと思い立ち
ピーナッツバターとメイプルシロップを買った(切れていまして…)

蟹座には衣食住の意味もあり
急にお菓子をつくりたいとは
蟹座の暗示だったりしてとか思いを馳せる

そういえば定期的に
取りつかれたようにお菓子をつくりたくなるんだけど
もしかしたら
蟹座の月だったりするのかもしれない

人は個性的でありたいと思い
自分を主張したりもするが

一方で
大きい物に飲み込まれたい
とも思うものなのではないだろうかと思う。

蟹座というと母性で愛情深く
暖かいイメージがあるけれど
一方で
個性的すぎることを許さず
個性的なものを淘汰する
集団性や場の力というイメージもある

それはけっして矛盾するものではなく

人は
安らぐとき
大きなものにまかれるものなのではないだろうか

眠るときに
意識をうしなうように
集団の中に同調して
個を失うことで

癒されるという側面もあるのではないだろうか。

もちろん
それだけではいられない
それだけが続けば

個は悲鳴をあげ
今度は
独自性を主張したくなるだろうから

それでも
人は
自分になる、個人に帰る時間と
集団性や場に飲まれ自分を失う時間と
両方が必要なのかもしれない。




今日も読んで頂いてありがとうございます。
いい一日を。

しかし、癒しで済めばいいけれど、気が付くと戦争に連れていかれていたりする歴史を思うと、
私は集団や場を優先する考えは怖いのでありますがね。

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『<一日一篇の言葉>とは?』 これは本日の ホロスコープや数秘をインスピレーションにして、COCOに届いた詩やエッセイ、あるいはその日なんとなしに降りてきた言葉を、だいたい毎日朝6:00に更新、連載するものです。

2016.12.14

2017年 12星座 運勢

2017年の12星座運勢

遅くなりましたが
全体の運勢や傾向もできあがりました。
末尾に掲載しています。ぜひご覧ください。

牡羊座

牡牛座

双子座

蟹座

獅子座

乙女座

天秤座

蠍座

射手座

山羊座

水瓶座

魚座

2017年の全体の運勢

<漠然と全体の雰囲気>

今年(2017年)はここ数年間の活動に一つの決着がつく年、という印象があります。
来年(2018年)には土星は山羊座へ移行し、天王星は牡牛座へ移行します。
牡牛座も山羊座も地の星座です。具体的な着地と始まりへ向けて
方向性を定めスタートするとしとなるでしょう。ただそのために
今までのあれこれを調整し、調和し、折り合いをつけ答えを導き出す
そんな印象があります。

牡羊座の天王星の突発的で剥き出しで粗削りな改革心を
天秤座の木星がみんなの意見を聞かないとだめだよと諭すような印象です。
逆にみんなの意思に翻弄され過ぎて何も決断できない場合は
瞬発力の効いた個人的な強い意思が突っ切って決断していくような

そうした相反するエネルギーが
お互いを絶妙に補い合いながらカオスをつっきって超えて
クリアに具体的なところへ落とし込んでいくそんな印象です。

<個人レベルでは>

人との出会いや社交、協力関係、また調整能力などが重要になったり
そうした能力の高い人には幸運な時期となるでしょう。

また、ひとめ、いわゆる世間貞や外見
そういった、ユニフォーム的な表面的な部分に注目が注がれるとき
実際今年は
身だしなみをきちんと整えることは運気上昇のキーとなります。
今までより明るく華やかなイメージチェンジを試みるのも幸運に結びつくでしょう。

また
それぞれが
自分を確立することに焦点があたる人が多いでしょう。
自分の核となるものを見出すとともに
それをいかに実行するか?という点においては
自分とはまるで正反対の意見や人物の意見と対峙する
或いは調和したり受け入れるということが
訪れます。

自分と他者

その二つをどう調停するのか
というテーマに
各人が向かうことになるでしょう。

自分を捨てて飛び込めたなら <一日一篇の言葉 vol.68>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

転職したり移動したり
転向したり

人生の中では
そうして
環境が変わることを
誰しも
数度は体験するのではないでしょうか。

そうやって
環境が変わったとき

前までの自分を捨てて
目の前の新しい状況に飛び込むことが出来たらどんなにいいだろうかと思う。

私の場合
今は自営業になってしまって
一人で仕事しているもんだから
こういう体験とは
今のところ
無縁になってしまったけれど

昔、サラリーマンだったときは
プライドが高い方だった私は
なんとか新しい環境でも認めていただこうとやっきになるほうで
目の前の「あたりまえ」を府っ飛ばして
自分のやり方で一旗あげようと
走ってしまうほうだった。
そうして
波紋を生んだり
燃え尽き症候群になったりしたこともあった。

或いは
思うような結果がでなかったり
空回りしたりしたことなども

例えば
カップが一つあったとして
その中にお茶が入っていたとする
でも
このカップで
今はお茶じゃなくてコーヒーがのみたいなぁと思ったら
このカップの中身を空にして
注ぎなおさないと
コーヒーは飲むことはできないだろう。

人間も同じようなところがあって
自分のマインドが
自分の考えや
要求や
疑問や不信でもいいが

マインドが自分の欲や考えでいっぱいの状況では
何も入ってこないだろうと思う。

だから
今までの経験や
今までの場での自分のアイディンティティ―や
認めてほしいという欲も含めて
少しでも手放し空間をつくらないことには
「新しい場」というものからは入ってこない

そうして
空回りしたり
かみ合わなかったり
過剰に働いて消耗したりする。

・・・でもねぇ
やっぱりさ
手放すのって難しいよね

それまでの自分に誇りを感じて居たり
それまでの仕事が大好きだったり
充実してやりがいを感じていたりしたらなおさらさ、

それでも
手放して
聞く
手放して
その場に耳をすます。

という事が
思い切って本当にできたなら

状況は思ってるほど悪くはなく
苦しみをつくっていたのは
自分自身だったのか
と気づくときもあったりする。





今日も読んで頂いてありがとうございます。
いい一日を。

しかし
「手た杭は打たれる」とはよくいうけれど「出すぎた杭は打たれない」ともいう
今ままでの自分をたずさえ、波紋もモノともせず走り抜ける。そうして、気づけば新しい風となってた。
そんなこともありますがね。

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2016.12.13

しんしんと降る雪をみていたら <一日一篇の言葉 vol.67>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

昨日の朝は
車を出そうと雪かきする人を見た、
駐車場と車道の間に山ずみの雪を雪かきしていた

ガス屋さんが
家と家の隙間にあるガスを入れ替えるために
除雪していた、
トラックには沢山のプロパンガスが積んであって
これから交換するこのプロパンガスの数だけ
すべての箇所を除雪するんだなぁと思うと

今日は途方もない作業なんだろうなぁと思った。

上を見上げると
無数の雪の粒が降り注いでいて
この粒がこの空間一面にずーと雲のあたりまで
つぶつぶと密集していると思うと不思議な気持ちがした。

そういえば
最近、パソコンを
ウインドウズ10にした。

電源をいれると自動で色々な写真が映し出される

昨日の写真は
一面の星空だった、
地平線まで続く道路の上に一面の天の川の写真だった
無数の星空があって
そのつぶつぶ一つ一つが銀河だったり
太陽みたいな恒星だったりするのかと思うと

地球もこの一粒なんだと思うと
とても不思議な気持ちがした

この雪の如くに宇宙には星があって
今日降り注ぐ
この一つぶの雪が
地球だとして
あるいは
そこまででなくとも
私といういのちは
この一粒の雪のごとくな気がして

しんしんと降りつもる雪を
やってきては
消えていく
まるでいのちのようだと
儚い気持ちで眺めてしまった昨日の朝でした。

しかし
そんなはかなげな
無数の中の小さな一つも

こんな新鮮な雪をつまんで
近づいてみると
繊細なしっかりと雪印マークをした結晶に

またまた
感動したりすんですね。

この無数の中のたった一つが
こんなに繊細にこんなに美しく
精巧に出来上がっていること。

マクロにも世界があり
ミクロにも世界がある

俯瞰する視点もあるが
無意識にもぐるような視点もある

今日はそんなところ。




今日も読んで頂いてありがとうございます。
いい一日を。

しかし、この雪で、今年はもう寝雪は確定だな。

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