2016.05.18

5月に思う。

この「〇月に思う」は昨年の9月にスタートし
一年は続けようと思っており
今年の8月までは毎月掲載する予定でいる。

が、

さすが5月

5月病とはよくいうが

今月は
どうも筆が進まない。
今日になり
なんとか意欲が沸いてきたのでやっと筆をとったのだ。

時間数字でいう「5」という数字

そして星座でいえば5月として連想するのは牡牛座だろうか

5というと五感を連想する

五感といえば
感じること味わうこと
聴くこと触ること

そうした
体験を思うけれど

そうした
ハッキリと
実感を伴う事柄を象徴するのもまた
牡牛座だ

牡牛座の支配性は金星でもあり
金星は感性を表してもいる

感じる事

体験すること。

4月に新しい年度がスタートし
新しいルール
新しい環境
新しい出会いに踏み出した人も多いだろう
そうして4月はとにかく

出会いであったとしたならば
5月というのは
そうした
であったものを堪能していく時期ともいえる

緑がぐんぐんと伸び始めて
今年の新緑の伊吹がふきはじめる

「5」という数字は
頭、足、手を表すともいわれており
そうした伸び伸びと
両手両足を広げた
伸び伸びとした表出のようにも思え

冬が終わり
春がすぎて
伸び伸びと緑が花咲き始める
そうした
いのちの伊吹を
感じる時期でもあるのかもしれない

しかし一方で
この時期
多くの人が
5月病にかかり

占いやカウンセリングに足を運ぶ
そんな季節でもある。

この
「5」

一方では
「14」=1+4=「5」

を思う

14の5

という側面を思う。

14という数字は

数秘的には14を分解して1+4として足した
5という数字である

つまり
14番

14番はタロットでいうと「節制」である

節制というカードは

女性が器に入った水をあちらの器からこちらの器へ
慎重に移し替える様子が描かれている

まさにその絵の通り

新しい環境や
新しい物事に
生まれ変わるのには

まるでこの節制の姿のように慎重に
ゆっくりと
どうしても時間と神経を要する

そんな意味合いを連想する

5月病というのは
そうした
新しい物事に
適応するのに

どうしても要する
この節制の14であり5であるように思う

うっかりすると
器から水は零れ落ちる

うまくうつしかえようと
集中して神経をつかい
疲れてしまうかもしれない

でも
時間はかかるけど

いずれ新しいことも定着するだろうし
慣れていくのかもしれないね。

そんな事を思う5月

なんだか
急に暖かくなってきて
眠たいな

これも
体が適応中の作用なのかしら?

でも

私は
5月は好き

札幌の5月は
一年で一番気持ちがいい季節だと
私は思う。

2016.04.08

4月に思う。

4月。
新しい学期の始まり
学年が変わり
或いは学校が変わり
職場が変わった人も
沢山いるでしょう。

「4」

というと

四方を囲むイメージから

ルールや枠組み
あと
箱や
「場」を連想したり。
モノや明確な具体を象徴したりもするだろう。

そのとおり
4月になると
多くの人が
新しい「場」に入っていく

そこで
新たなルールを受け入れたり
あらたな人間関係に所属して
今までとちがう
関係性の形に馴染んでいく必要があったり

4というと

始まりというより
固定
定着
という感じがして
すがすがしさより
なんだか堅苦しい感じがする

もしかしたら
新しい始まりのワクワクでいうなら
始まる前の3月のほうが
ワクワク
気持は広がっているのかもしれない

私は

4月の4には

13(1+3=4)の「4」を思う。

13というと
タロットでいうところの死神を表す

でもこれは
4番の奇数

つまり
自分にとって未知の
新しい秩序を受け入れるという意味がある。

人間にとって
もっとも未知の秩序
所謂、誰も知らない世界と言えば
それは黄泉の国
所謂「死」なのかもしれない。

4月は

今までの世界を手放して
新しい世界へ入る月。

どきどきだね

でも

それはとても具体的で
もう夢や想像の余地はなく
とってもリアリティーにあふれ
具体的な始まりでもある。

2016.03.16

春だ!            (日々のつれづれ)

春はすこし寒々しい

寒々しいのは心のほう

でも宇宙は真空が嫌いだから

あっというまに
寒々しさも露の熱気に変わるだろう

だからこの寒々しさも

新しいうねりがやってくる前触れなのだ

そうは言っても

寒々しい

・・いや

寂しいのかな

でも春というのはそんなもの

そんな

移り変わりの儚さと
新しいものがやってくるトキメキと心細さ

そんな微妙なこころもちを

もうすぐさくらが

みんなの代わりに語ってくれる

春だー!

2016.03.11

3月に思う。

3という数字は
生産性を表し
タロットでは女帝
その
産み育てるイメージから
豊穣を連想する方も多い。

でも、
私の中の「3」は
もう
だだもれの産みっぱなし
のイメージで
場合によっては不毛な学習の無いケースを想像してしまうのだ。

忘れられない男
別れた方がいいと何度も思って別れるが
結局ズルズルと振り出しに戻ってしまう。

あれもこれも
チャレンジするが
どれも身にならないままに
また次に進んでいく

そんなイメージがする。

あと「グループ」というもの
社会というのも
3人から
というイメージ(昔、社会教育や福祉について少し勉強した時知った)

マンツーマンじゃない
3人になったら
社会になるんだね。
グループ
の始まり

多様な発展性の
始まりの数でもあり
ただただ可能性を発展させることだけに
焦点をあてた数字

でも
ただ広がっていく
増えていく
どんどん動く
あれこれ経験する
新しいものを新しいものを!

・・・・

というだけでは

人間は落ち着かない

発展すれば
固定したくなる
定着し
ルールも出来てくる
慣れも
習慣化も
そうして安定もしたい

・・・・

しかし
さすれば
刺激が欲しくなり
その定着したものを
壊したくなる?
在るいは新しい発展を?
殻をやぶる?

そんなこんなを
繰り替えるのが人なのかしらね。

そんな連鎖を思う

3月。

魚座から牡羊座へ

魚座というのはサインのラスト
牡羊座はスタート

3月は
0(ゼロ)地帯を通過する月。

私たちは死んで生まれ変わる。

慣れ親しんだ秩序を捨てて
新たな秩序を迎え入れる
未知の新しい。

生きていても
小さく死んで生まれていくんだね。

何度も・・・何度も・・・。

2016.01.31

2月に思う。

明日から2月です。

この「〇月に思う」コラム
たぶん昨年の8月か9月に始めたと思うので
今年の夏まで書いて一年通してみようと思っています。

そんなわけで2月

2月というと
「2」という数字と
「水瓶座」(魚座の初期の方ごめんなさい)
そして時間数字でいう「11」をイメージする。

2は
とても直感的で未知数
可能性はあるけれど
それが何なのかつかめない。
でも人や物事と関わる中で見えてくる
まるで少年少女のような
そんな時を連想してしまう

そうして11
11も
足すと2になるのだけれど
この11
私はタロットの「力」を連想するのである
(マルセイユ版の場合11が「力」。)

今まである流れや習慣や常識
そうしたオートマチックなものを覆す
「力」

ローカルな場である10の数字
その一つの場の中で成立するものに
とらわれず
相対化してしまうような
そんな力をもった
10の次の11の数字。

そうした「2」「11」の
二つの数字のイメージ

私の中で
そのまま
水瓶座のイメージにも重なって思えるのだ

水瓶座は
変わり者とか
エキセントリックとか言われることが多いが

この
未知数の
少年少女のような
純粋なみずみずしさと

目の前の常識に縛られない
力を

感じずにはいられない。

でも

でもね・・・。

水瓶座というのは
もしかして
誰よりも
常識的なのかもしれないと
私は思う。

そもそも
常識とは何だろう。

不倫はいけないと
言われているけれど
海外へ行けば
一夫多妻の国もある。

時間は守らなければいけないというけれど
そもそも一時間ぐらいの遅刻は当たり前という国もあるだろう

常識というものは
その国
その会社
その家族
その・・・

大きさ様々であれ
そのサークル範囲の言葉なのだ

そうした
ものに縛られず
出来るだけ
何処にでも通用するような
そんな考えやスタイル
ありようをかもすのが
水瓶座の人たちだ

だからこそ
かれらは誰よりも常識的であり(と本人は思っている?!かも)
誰よりもこの「場」で浮いているように見えるのである。

でもだからこそ
水瓶座は
色んな人色んな考えを
そのままに尊重して成りたちあえる
博愛を秘めた星でもある

・・・なんて
水瓶座の話になってしまいました。

そう

日本は
水瓶座の国ですね。

私は
この日本という国は

色んな考え
色んな人
がいるこの世界を
つなぐ
或いは
尊重して助け合う

そんな架け橋となる才能を秘めた
国だと思います。

だって水瓶座の国だもの。

そんな2月