2016.11.19

分かってほしい <一日一篇の言葉 vol.43>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

誰かに分かってもらいたいと思うものだし
誰も分かってくれないということは
寂しいやら虚しいやら、

でも、もし
その「分かってほしい」という気持ちから
自由になれたなら

どれだけ安らぎを得られるだろう。

今日も読んで下さってありがとうございます。
いい一日を。

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『<一日一篇の言葉>とは?』 これは本日の ホロスコープや数秘をインスピレーションにして、COCOに届いた詩やエッセイ、あるいはその日なんとなしに降りてきた言葉を、だいたい毎日朝6:00に更新、連載するものです。

2016.11.18

神は欠けたものをお使いになる <一日一篇の言葉 vol.42>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

「神は欠けたものをお使いになる」というセリフ
聖書に書いてあったのか?
映画のセリフであったのか?
記憶していないのだけれど

何で見たのかは忘れてしまっても
その言葉だけが
ずいぶんと印象に残った。

世界にはありとあらゆる人がいて
ありとあらゆる嗜好がる。

こちらから見ての幸福が
あちらの幸福とはかぎらず

こちらからみた不幸が
あちらには心地よい状態だったりすることもある。

世界を改革した英雄は
どうしても
世界を変えないと気が済まなかったのか

彼が行った行動が
確かに沢山の人を幸せにしたかもしれず
或いはそれが世界を変えられなかったとしても
その方法が幸せの道であるかもしれないという
新しいインスピレーションを
世界に与えたのかもしれない。

しかし
世界には
沢山の人がいて

それを
多くの人にも普及させなければ気が済まなかった彼は

誰よりも
自分が自分であることに
他人の同意を必要としている
弱さを抱えた人間であったかもしれないと
私は妄想したりする。

世界を同意させないと
世界をすくわないと
どうしても埋める事の出来ない
穴が
彼の胸に空いていたかもしれないのだ。

つまりですね。
人は
苦しみ悲しみに
時に
怒りに運ばれる
時に
弱さにも運ばれる

そうして

平和で誠実で自立している人間がいいように思うけれど

そんなよくできた人間は
巷にいる普通の人だったりするんだと思う。

それで
だからこそ
普通でいるということは
案外すごいことでもあると思うし

もしも自分が
よくできた人間でないことを
普通でないとしたとしても

つまり
持て余す感情があったり
隠しがたい弱さがあったり
人と違う特徴があったとしたって
したって

それがいいことが
悪いことかなんていうことは

本当は
誰にも分らないんだろうと思うのです。

今日も読んで下さってありがとうございます。
いい一日を。

神様ならわかってるんだろうね。ハレルヤ、ヤレルヤ。
しかし、普通ってなんだろうな。

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『<一日一篇の言葉>とは?』 これは本日の ホロスコープや数秘をインスピレーションにして、COCOに届いた詩やエッセイ、あるいはその日なんとなしに降りてきた言葉を、だいたい毎日朝6:00に更新、連載するものです。

2016.11.17

捨てられるのも辛いが捨てるのも辛い蠍座と射手座の境界 <一日一篇の言葉 vol.41>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

占いにはたいてい様々な象徴的な
記号や文字があり
そこに象徴的な意味や運勢が描かれていて
それがグルグルと変化する

占いに限らず
哲学や宗教などでも言われているだろうけれど
やっぱり
まるで占いの記号のように

人生はグルグルと
多様な彩の運勢をルーレットのように変化しながら
巡っているんだ。

今は太陽は蠍座を運行中
もうすぐ射手座に移行するなぁとかふと思った。

蠍座は
物事と深く結びつき
合体することで
自分に足りないものを補ったり
変化する星座なのだけれど

そうしてまるで分身のように深く関わり合う関係も
いずれそこから離れて独立する日がくるのである。

星座の中でそれぞれに
様々なドラマがあるけれど

蠍座の後半の
結びついたものから
離れるという展開は
私には
12星座の中では
一番厳しい局面のように感じてしまうんだ。

そうして結びついたものは
そう簡単には切り離せず
泥沼に泥沼をかさね
分かってもらおうなんて気持ちも通用せず
どろどろのなか
割り切るしかない形でしか
或いは自分ではどうにもならず
事件のような外部の刺激や衝撃でやっと
決着がついたりするのである。

そんなことなら
結びつかなければよかったと思うんだけれども

そういう星が存在するということは
人間は
「結びつくこと」も
はじくこと
つまり「独立して一人あること」も

魂レベルでは
両方体験しなければならないテーマなのだろうと
思うところ。

まぁ、
難しい言い方をしないで
簡単にいうならば

捨てられる方も辛いけど
捨てる方も身を引きちぎられるように辛いんだなぁ・・・

という事なわけで

まぁ、
そんなことを
蠍座と射手座の性質やそのハザマで生じるドラマを思いながら考えたりします。

今日も読んで下さってありがとうございます。
いい一日を。

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2016.11.16

見透かす・見透かされる <一日一篇の言葉 vol.40>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

今日は
見透かされる

ということについて
書いてみようと思う。

大学の時
60代の劇作家の先生と話していると
なんだか見透かされているようで怖かった思い出。(大学が演劇科だった)
友人の中には
「〇〇先生は嫌いだ、人を見透かすような人間はずるい」
と言っていた友人の言葉が印象的だ。

何が印象的って
なんだか
その先生にしてみたら
ずいぶんと濡れ衣なんじゃないかという気がしたり
或いは
その子が
その先生をそんなに恐れているのかと
印象に残ったり

濡れ衣に思うのは
見透かしていると感じるのは
こちらの方で
あちらではないのである。

あちらがどうなのかなんてわかりようがないわけで
ただ
見透かされているようにこちらで
感じて
そうして
相手をずるいと思っている

なんとも
複雑な誤解のようで
面白いなぁと印象深いのである。

少し話がそれたけれども

そんな風に
見透かしてるように見える
その先生をなんだかすごい人のように
こちらでかってに感じてしまい

何を見透かされたら困るのか
あのとき
怖いと思った
その怖さの正体も
まったく漠然としたもので

でも自分の正体を暴かれるのを恐れていたことは
間違いなく

それを意識していようがいまいが
正体を見透かされることを恐れているということは

少なからず
私も
友人も背伸びをしていたんだろうと思うのです。

そうして

あれから20年以上が立ち
その先生は亡くなられ

私たちは結婚し
子供も生まれ
その子が大きくなってきた。

子供と接していると
その子供の動向や
思考が手に取るようにわかるという事がある
(まぁ、わかると思ってしまうのも危険で
 それも行き過ぎると、実はちがうなんてことも多いので
 娘に尋ねるということは大事にしたいところだか、今はそれはとりあえずおいといて)

小賢しい背伸びや小細工や
細かいあれやこれや
なんというか
見透かしてしまうのである。

でもそれは
ただ
彼女より30歳以上
歳を重ねているというだけの事だったりする。

精神発達年齢というのがあるらしいが
子供の思考回路というのは
単純で
読み取りやすい面がある(あくまでそういう面があるというだけで、多様なんですがね)

そういう
子供の感覚を
こちらは
一度通過しているものだから
なんとなく
想像できたりするんだけど

子供の方からは
こちらのところは
想像もつかないわけで

次元の違いというか

こちらの次元から
あちらはみえるけれど

あちらからこちらは見えないわけである

そうして
自分の子供時代
大学時代を思い出し

見透かされていたんだなぁと
思うのである。

ただ
見透かされていたと同時に
語らなければ決して伝わらない心の内というものもあって
あんがい
こちらが隠そうとしているものなんて
見え見えで
ただただ
そのままの幼稚さでいいから

出会うこと
語らうこと
知り合うことを

次元が違う
先生だって
大人だって

求めていたかもしれないなぁと思ったりする。
相手は寂しかったりするんじゃないかなぁと想像したりする。

・・・

そうして
ここまで書いてふと思ったんだが
占い師という仕事
つづけていると
やっぱり
洞察力というのがついてくる

お客さんが座っただけで
人によっては
なんとなく
職業がわかったり
心情がつかめたりする。

しかし
正直なところ
それは
霊感というやつなのか
経験というやつなのか
わからないのだ

お客さんの中には
「霊感あるんですね。すごいですね」とか
言ってくださる人もいるんだけれども

実のところ
どこまでが霊感で
どこまでが
経験による洞察なのかよくわからなかったりする
(オーラ―のように、あぁ、これは明らかに洞察ではないものねと思える知覚はノープロブレムなのだが、それ以外はどうなのか、そんなこんなもあって、出来るだけ私はタロットや星の言葉に忠実にやりたいなぁと思うんですね。)

私は子供のころ
とにかく人が沢山出入りする環境で育っていて
大人どうして
もめたり
交流したり
時に愛し合ったり
別れたり
泣いたり喜んだり悲しんだり
色々に人間もようを見て育った。

もしかしたら
ふわりといろいろと感じるところも
そういう無意識に蓄積されている
データーバンクによりところだったりするんではないかと
考えることもある。

しかし
つまり

霊感という世界ももちろんあるわけだけれど
あるい程度
沢山の人間の姿に触れたり
あるいは人生経験をしたりすることで

見えてくる世界というのがあって
そのことで
見透けてしまうものというのもあるんだと思うですね。

ただ、
その考えには注意も必要で

人間というのはとかく
「枠」というものを作りたがる生き物で
過去のデーターバンクが
枠となって
(こうであるなら、こうであるはずみたいな形、パターンのようなもの)
相手の本来の姿を見えなくさせるという場合もあり

まぁ、
「枠」と「経験により見透かせるもの」というのは
似ているようで
ずいぶん違い

見透かしているような「気」になってしまう
思い上がりには注意しなければならない

あくまで
「感じること」
を見失わないように
「感じること」が「考えること」にすりかわると
占い師の仕事からそれていくようにも思ったりします。

まぁ
それでも
案外経験の力というのは結構大きくて
占い師のように人の深い心の機微に沢山出会う仕事も少ないわけで
まぁ霊感が強いに越したことはないのだけれど
まじめにお客さんと向き合い続けて何十年という
占い師さんの経験による視野というものは
案外、若人にとっては
魔法使いみたいに常人離れしている不思議なものに見えるのではないだろうか
とか
想像したりする。

今日も読んで下さってありがとうございます。
いい一日を。

たまには
じいちゃん、ばあちゃんのも
聞かないとなぁとか思いました。

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2016.11.15

幸運を待つ必要なんてないんだ <一日一篇の言葉 vol.39 >

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

どっかから
ひらりと現れて注目されて
それでいきなりブレイクするひとがいたとして

はたから見てるとさ
そのブレイクしてる
唐突な姿しか目にはいらないもんだから
ラッキーでいいなぁと思ったりする

でも
実は
チャンスって

まぁ、
チャンスが来るのも幸運だけど
チャンスをつかむ
掴んで生かせるっていうこと

それができるってことは
既に
しっかりした土台があるように思うんだよね。

それが
所謂経験
実力
知識
とかでもいいし

或いは
覚悟、

でもいいけどさ

大きなチャンスって
大きなギフトでもあって
そのチャンスがどんなチャンスかにもよるけれど

チャンスを受け入れるとともに

新しい繋がりや出会いがドーっときたり
注目されたり
お金がたくさん入ったり
責任がドーっと増したり

そういう新しいものが
どーんと来るっていうのはさ
単純に
ひとつひとつが
緊張だったり、
ひとつひとつの対応に
やっぱり普通に手間がかかるし
判断しなきゃなんないし
いろんなことを考えなきゃならないし

チャンスの時は一気にくるから
それをどんどんしなきゃならないし


チャンスというのは
或るいみ

自分の間口を
がば!って開けるようなものだとも思う。

それを
ちょろちょろと
流入させていくんであれば
チャンスとかブレイクとか言わないわけで

だからね
間口に見合う
器がなければさ
どーって入っても
ぜんぶ
そとに流れ出て終わり
或いは
場合によっては
その小さな器が壊れっちゃってさ

流れがさったあと
どうしよう…ってなったりさ

だからね
或時
ぼーんとブレイクして現れて
そのあと
あの時の幸運が!今の私を!
なんて語っていても

そもそも
その人には
そのブレイクのエネルギーを
受け止める
受け止められる
器が出来上がっていたということなんですね。

そうしてね、
幸運不運とかもあるけどね
器が出来上がっていたならね
やっぱり
振る舞いもね
オーライオーライって大きくなれる
そうすると話や機会もきやすくなるし
そういう人はなんだか相手を安心させてくれるもんだから
この人は信頼できそうだなとか
やっぱり機会が増えてくる。

占い師がいうことじゃないかもしれないけど
突きつめるとさ
幸運ってないんだと思うんだよね。

摂理があるんだと思う。

力のある人のところには
チャンスがくる。

チャンスがいつ来るとかは
わかんないけど

そんなこと気にしないで
コツコツ
力を蓄えて
経験なり学習なり
或いはやりたいことを
熱中してやってみるなり

そうして
自分に見合うものがやってくるし

見合わないものは
受け取りようもないのだ

だから「自分創り」って
大事だなって思う。

誰がどう思うとか
評価とかそんなことでなしに


ここで
自分を豊かにしていくこと

幸運を待つ必要なんてないんだ

自分の手元で
たった今
創り上げること。
創り続けること。

今日も読んで下さってありがとうございます。
いい一日を。

なーんて、いろいろ書きましたが、
おまじないとか大好きなんですけどね
今日もいいことあるように・・・ナムナム・・・・・・。

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『<一日一篇の言葉>とは?』 これは本日の ホロスコープや数秘をインスピレーションにして、COCOに届いた詩やエッセイ、あるいはその日なんとなしに降りてきた言葉を、だいたい毎日朝6:00に更新、連載するものです。