2016.12.15

個人と集団と癒しと <一日一篇の言葉 vol.69>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

昨日は双子座の満月
から蟹座の月へ移行した日。

個人としての能力を確立しようとする双子座と共感の蟹座

双子座には
神経的に活発なイメージもあるけれど
私はここ数日ずっと「めまい」が起きていた
頭のほうの神経がクラッシュしている感じだけれど
双子の満月の影響だったりとかふと思う。

そうして
昨日、セッションを終えたあと
札駅周辺で用事をたしていたら
急にクッキーがつくりたいなと思い立ち
ピーナッツバターとメイプルシロップを買った(切れていまして…)

蟹座には衣食住の意味もあり
急にお菓子をつくりたいとは
蟹座の暗示だったりしてとか思いを馳せる

そういえば定期的に
取りつかれたようにお菓子をつくりたくなるんだけど
もしかしたら
蟹座の月だったりするのかもしれない

人は個性的でありたいと思い
自分を主張したりもするが

一方で
大きい物に飲み込まれたい
とも思うものなのではないだろうかと思う。

蟹座というと母性で愛情深く
暖かいイメージがあるけれど
一方で
個性的すぎることを許さず
個性的なものを淘汰する
集団性や場の力というイメージもある

それはけっして矛盾するものではなく

人は
安らぐとき
大きなものにまかれるものなのではないだろうか

眠るときに
意識をうしなうように
集団の中に同調して
個を失うことで

癒されるという側面もあるのではないだろうか。

もちろん
それだけではいられない
それだけが続けば

個は悲鳴をあげ
今度は
独自性を主張したくなるだろうから

それでも
人は
自分になる、個人に帰る時間と
集団性や場に飲まれ自分を失う時間と
両方が必要なのかもしれない。
・
・
・
・
今日も読んで頂いてありがとうございます。
いい一日を。

しかし、癒しで済めばいいけれど、気が付くと戦争に連れていかれていたりする歴史を思うと、
私は集団や場を優先する考えは怖いのでありますがね。

/////////////////////////////////
『<一日一篇の言葉>とは?』 これは本日の ホロスコープや数秘をインスピレーションにして、COCOに届いた詩やエッセイ、あるいはその日なんとなしに降りてきた言葉を、だいたい毎日朝6:00に更新、連載するものです。

2016.12.14

2017年 12星座 運勢

2017年の12星座運勢

遅くなりましたが
全体の運勢や傾向もできあがりました。
末尾に掲載しています。ぜひご覧ください。

牡羊座

牡牛座

双子座

蟹座

獅子座

乙女座

天秤座

蠍座

射手座

山羊座

水瓶座

魚座

2017年の全体の運勢

<漠然と全体の雰囲気>

今年(2017年)はここ数年間の活動に一つの決着がつく年、という印象があります。
来年(2018年)には土星は山羊座へ移行し、天王星は牡牛座へ移行します。
牡牛座も山羊座も地の星座です。具体的な着地と始まりへ向けて
方向性を定めスタートするとしとなるでしょう。ただそのために
今までのあれこれを調整し、調和し、折り合いをつけ答えを導き出す
そんな印象があります。

牡羊座の天王星の突発的で剥き出しで粗削りな改革心を
天秤座の木星がみんなの意見を聞かないとだめだよと諭すような印象です。
逆にみんなの意思に翻弄され過ぎて何も決断できない場合は
瞬発力の効いた個人的な強い意思が突っ切って決断していくような

そうした相反するエネルギーが
お互いを絶妙に補い合いながらカオスをつっきって超えて
クリアに具体的なところへ落とし込んでいくそんな印象です。

<個人レベルでは>

人との出会いや社交、協力関係、また調整能力などが重要になったり
そうした能力の高い人には幸運な時期となるでしょう。

また、ひとめ、いわゆる世間貞や外見
そういった、ユニフォーム的な表面的な部分に注目が注がれるとき
実際今年は
身だしなみをきちんと整えることは運気上昇のキーとなります。
今までより明るく華やかなイメージチェンジを試みるのも幸運に結びつくでしょう。

また
それぞれが
自分を確立することに焦点があたる人が多いでしょう。
自分の核となるものを見出すとともに
それをいかに実行するか?という点においては
自分とはまるで正反対の意見や人物の意見と対峙する
或いは調和したり受け入れるということが
訪れます。

自分と他者

その二つをどう調停するのか
というテーマに
各人が向かうことになるでしょう。

自分を捨てて飛び込めたなら <一日一篇の言葉 vol.68>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

転職したり移動したり
転向したり

人生の中では
そうして
環境が変わることを
誰しも
数度は体験するのではないでしょうか。

そうやって
環境が変わったとき

前までの自分を捨てて
目の前の新しい状況に飛び込むことが出来たらどんなにいいだろうかと思う。

私の場合
今は自営業になってしまって
一人で仕事しているもんだから
こういう体験とは
今のところ
無縁になってしまったけれど

昔、サラリーマンだったときは
プライドが高い方だった私は
なんとか新しい環境でも認めていただこうとやっきになるほうで
目の前の「あたりまえ」を府っ飛ばして
自分のやり方で一旗あげようと
走ってしまうほうだった。
そうして
波紋を生んだり
燃え尽き症候群になったりしたこともあった。

或いは
思うような結果がでなかったり
空回りしたりしたことなども

例えば
カップが一つあったとして
その中にお茶が入っていたとする
でも
このカップで
今はお茶じゃなくてコーヒーがのみたいなぁと思ったら
このカップの中身を空にして
注ぎなおさないと
コーヒーは飲むことはできないだろう。

人間も同じようなところがあって
自分のマインドが
自分の考えや
要求や
疑問や不信でもいいが

マインドが自分の欲や考えでいっぱいの状況では
何も入ってこないだろうと思う。

だから
今までの経験や
今までの場での自分のアイディンティティ―や
認めてほしいという欲も含めて
少しでも手放し空間をつくらないことには
「新しい場」というものからは入ってこない

そうして
空回りしたり
かみ合わなかったり
過剰に働いて消耗したりする。

・・・でもねぇ
やっぱりさ
手放すのって難しいよね

それまでの自分に誇りを感じて居たり
それまでの仕事が大好きだったり
充実してやりがいを感じていたりしたらなおさらさ、

それでも
手放して
聞く
手放して
その場に耳をすます。

という事が
思い切って本当にできたなら

状況は思ってるほど悪くはなく
苦しみをつくっていたのは
自分自身だったのか
と気づくときもあったりする。
・
・
・
・
・
今日も読んで頂いてありがとうございます。
いい一日を。

しかし
「手た杭は打たれる」とはよくいうけれど「出すぎた杭は打たれない」ともいう
今ままでの自分をたずさえ、波紋もモノともせず走り抜ける。そうして、気づけば新しい風となってた。
そんなこともありますがね。

/////////////////////////////////
『<一日一篇の言葉>とは?』 これは本日の ホロスコープや数秘をインスピレーションにして、COCOに届いた詩やエッセイ、あるいはその日なんとなしに降りてきた言葉を、だいたい毎日朝6:00に更新、連載するものです。

2016.12.13

しんしんと降る雪をみていたら <一日一篇の言葉 vol.67>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

昨日の朝は
車を出そうと雪かきする人を見た、
駐車場と車道の間に山ずみの雪を雪かきしていた

ガス屋さんが
家と家の隙間にあるガスを入れ替えるために
除雪していた、
トラックには沢山のプロパンガスが積んであって
これから交換するこのプロパンガスの数だけ
すべての箇所を除雪するんだなぁと思うと

今日は途方もない作業なんだろうなぁと思った。

上を見上げると
無数の雪の粒が降り注いでいて
この粒がこの空間一面にずーと雲のあたりまで
つぶつぶと密集していると思うと不思議な気持ちがした。

そういえば
最近、パソコンを
ウインドウズ10にした。

電源をいれると自動で色々な写真が映し出される

昨日の写真は
一面の星空だった、
地平線まで続く道路の上に一面の天の川の写真だった
無数の星空があって
そのつぶつぶ一つ一つが銀河だったり
太陽みたいな恒星だったりするのかと思うと

地球もこの一粒なんだと思うと
とても不思議な気持ちがした

この雪の如くに宇宙には星があって
今日降り注ぐ
この一つぶの雪が
地球だとして
あるいは
そこまででなくとも
私といういのちは
この一粒の雪のごとくな気がして

しんしんと降りつもる雪を
やってきては
消えていく
まるでいのちのようだと
儚い気持ちで眺めてしまった昨日の朝でした。

しかし
そんなはかなげな
無数の中の小さな一つも

こんな新鮮な雪をつまんで
近づいてみると
繊細なしっかりと雪印マークをした結晶に

またまた
感動したりすんですね。

この無数の中のたった一つが
こんなに繊細にこんなに美しく
精巧に出来上がっていること。

マクロにも世界があり
ミクロにも世界がある

俯瞰する視点もあるが
無意識にもぐるような視点もある

今日はそんなところ。
・
・
・
・
今日も読んで頂いてありがとうございます。
いい一日を。

しかし、この雪で、今年はもう寝雪は確定だな。

/////////////////////////////////
『<一日一篇の言葉>とは?』 これは本日の ホロスコープや数秘をインスピレーションにして、COCOに届いた詩やエッセイ、あるいはその日なんとなしに降りてきた言葉を、だいたい毎日朝6:00に更新、連載するものです。

2016.12.12

大言壮語な友人とプロとアマの違いについて  <一日一篇の言葉 vol.66>

                               ⇒2017年12星座運勢はこちら

昔(20代の頃かな)
とっても大胆な友人がいて
所謂、大言壮語。
やったこともないことを
さもベテランのように語り
仕事を取ってきたりする友人で
とにかく
とって来てから
その仕事のスキルを身に着けようとするようなところがあって
でもとにかく
誰かに助けてもらったり
も含めて
もうなんだかんだと
こなしていく
無茶苦茶な人だったが

結果的には
今はそれなりの実力や立場を得て
所謂成功人物となったといえるだろう。

普通に考えたら
ちゃんと実力を得て
順々に物事をこなしていくのがいいに決まっているだろうが

しかし
経験というものは
経験がある人にしか機会がこない
なんいていう事もあったりして

経験がある人も初心者の時があったりするんだけれど
その入り口がみつからない
初心者であっては
入れてはもらえない。

そういう事というのもあったりして
そうして
あきらめるんでなしに
非常識であっても
無謀すぎても

ありえない背伸びをして
あるレベルに強引に
ものすごい速さでジャンプする
或いは伸びていく。

そういうやり方もあるんだなぁと思った。

まぁ、その契約先の方にはなりたくはないが
(だって、きっと素人だと知っていたら頼まないんじゃないかと)

そういう強引さも
何かを実現しようとするならば
必要だったりするんだろうなと
若い時分に
その友人の動向を見ながら、思った記憶がある。

しかし、
やっぱりそのままで行けるわけはなく
そのあと必死に努力して
その大言壮語と実態の乖離を受けようとやっきになったり

或いは
あまり背伸びしすぎて
そもそも資質に会わないものを抱え込んでいたならば
なんとも言えない虚しさに苛まれたり
心を病んだりもする。

あるいは
もちろん
化けの皮が剥がれて
失墜したり
大恥をかくはめになったりも。

・・・・

プロとアマの違いという事を
時々考えるんだけど
案外その違いがはっきりなかったりんじゃないかなと思ったりする。

例えば占い師だって
アマチュアの友人で
ものすごい霊感があってなかなか鋭いリーディングに関心したりする。

絵描きだって
アマチュアでものすごいリアリティーに飛んだ絵を描き
感心させられたりすることがあったり

しかし
そうしたいわゆる実力がありそうな人が
プロとしてやっていけるかと言えばそうでもない。

思い切って
プロとして
始めたけど閑古鳥が鳴いて
収入につながらないと
諦めたりする人が多いだろう。

んで
プロだからと言ってすごいかと言えば

ものすごい上手いわけでも、感動するようなものを描くわけじゃないんだけど
ファンをしたがえ
プロとしてやり続けている
絵描きやイラストレーターの人がいたり

どうみても
いい加減な感じなんだけど
繁盛している占い師の知人
がいたりする。

そんな人をみると
プロとアマの違いというものがわからなくなる

所謂技術や実力というのはもちろん必要なんだけど

その人物の中の
「確信」

のようなもの
自信というか
できるという気持ちなのか
何かこっちだ!という
方向へ向けての集中力のようなものなのか

そうした
意識の力を感じずにはいられない。

物事は
技術や目に見える能力でなく
その人の意識の力によるところが大きんじゃないかと。

思ってしまうのです。
・
・
・
・

今日も読んで頂いてありがとうございます。
いい一日を。

なんてことを描きながらも、やっぱり、誠実でないものや、必要な能力を備えてないものは
続かないよなと思います。正直にコツコツが一番です。
一時的にはそういうリスクを冒す事もアリかなって思いますが、背伸びしすぎや大言壮語は疲れますよ・・・。きっと。

/////////////////////////////////
『<一日一篇の言葉>とは?』 これは本日の ホロスコープや数秘をインスピレーションにして、COCOに届いた詩やエッセイ、あるいはその日なんとなしに降りてきた言葉を、だいたい毎日朝6:00に更新、連載するものです。